capture

カナダのケアギバーが書いているブログです。

TLCエドモントン(ケアギバー要請学校)に通ったのち
その学校を卒業した私のクラスメイトである

卒業生が卒業から1年半立ってその後
どうなっているのかまとめました。

この記事は

→TLCエドモントン(ケアギバー養成学校)卒業生のその後

の続きです。
スポンサーリンク

 

チェコ人女性の場合

クラスメイトのうちの一人は、チェコ出身の女性が
いました。彼女は学校を卒業してから約1か月後に
高齢者介護の仕事を見つけました。
当時彼女は学校があったアルバータ州エドモントンで
就職活動をしていたのですが、彼女が見つけた仕事は
ブリティッシュコロンビア州のビクトリアという小さな島でした。
その雇用主がエドモントンからビクトリアまでの飛行機代
を出してくれ、ビクトリアで仕事を開始する予定だったのですが、
どういうわけか、ビクトリア行きの日程が近づいても
一向にその雇用主からなんの連絡もなく、
こちらから電話しても応答なしだったようです。
就労ビザを取るのに最低でも3か月はかかるので、
ビクトリア渡航までにどうにかビザ手続きはやっておきたかったのですが、
雇用主からなんの連絡もないので、仕方なく、
嫌な予感を抱えながらビクトリアへ旅立ちました。

せっかくビクトリアまで来たのに

エドモントンからビクトリアまでは直行便の飛行機でも
3時間はかかります。彼女はカナダに来てからエドモントン
以外いったことがなかったので、ビクトリアには
知り合いもつても何もありませんでした。
雇用主が空港まで迎えに来てくれて、
無事雇用主の家についたらしいのですが、
なんと世話をしていた高齢の男性は
彼女がビクトリアに着いて間もなく、
持病が悪化して入院することになってしまいました。
彼女の雇用主が、彼女が来る直前まで音信不通だったのは
世話をしてもらう予定だったその男性の容態が急激に
悪化したため、入院は近いということは悟っていたみたいです。

ただ、彼女を雇うと彼女に告げ、ビクトリア行きの

チケットまで買ってしまった以上、もう彼女を雇うしかない
と思い、仕方なく彼女を迎えたようでした。

介護をする対象である男性が入院してしまうと、
自宅介護を仕事とするケアギバーはいりません。
彼女は知り合いもつてもないビクトリアで無職となりました。

運よく新しい雇用主が見つかるも、。。

ビクトリアまで呼び寄せておいて、
結局彼女を雇うことができなくなってしまった
元雇用主は、さすがに申し訳なくなったようで
知り合いを当たってケアギバーを探している新しい

家族を紹介してくれました。
その新しい雇用主というのは、
子供がいない老夫婦で、奥さんは比較的元気で

介護は必要ないのですが、旦那さんのほうが
加齢により手足が不自由になっていたので、

介護が必要な状態でした。
年老いた奥さん一人での旦那さんの介護に
限界を感じた奥さんが、彼女をケアギバーとして
雇いたいと言ってくれたようです。

 

心機一転、2人目の雇用主と思いきや、、、

彼女の就労ビザのスポンサーとなるため、
外国人雇用許可証(LMIA)取得の手続きを

雇用主である奥さんがさっそく進めてくれて
ことは順調に進むと思いきや、介護してもらう対象である
旦那さんは元軍人で頑固な人で
「私は介護なんて必要ない。ケアギバーなんて雇わなくていい。」
と、彼女に対してかなりきつく当たりました。
雇用主である奥さんのほうはとてもよくしてくれたらしいのですが、
介護する相手がいつもこんなんでは、さすがの彼女も精神的に
参ってしまいました。さらに、彼女が働いていたのは
ビクトリアの田舎。友達も知り合いもいないし、
息抜きできるような場所も近くにありませんでした。
こんな生活が2年以上続くなんてと思うと地獄だったようです。
仕事の精神的なストレスだけがどんどんたまっていって、
ある日ついに爆発してしまったそうです。

スポンサーリンク

「私はもうケアギバーなんてできない。辞めて国に帰る!」
と。彼女はその後すぐに国に帰り、今はチェコで幸せに暮らしているそうです。

 

韓国人卒業生の場合

彼女は大学生の息子と旦那さんを韓国に残し、
TLCエドモントンに通っていました。
彼女のお兄さんがカナダに移民し、子供ができ、
そのお兄さん家族のケアギバー、ナニーとして働いてほしいと

いわれており、さらに永住権が取れれば韓国にいる
旦那さんと息子さんもカナダに呼んで、一家全員カナダで
暮らすことを望んでいました。なので、彼女の場合は
一番の難関である雇用主探しをする必要がなく、
3か月以上かかる就労ビザ申請も、学校を卒業したら

すぐに働けるようにと卒業4か月前からビザ手続きを
親戚である雇用主家族と一緒に確実に進めていました。
雇用主が実の兄弟ということで、クラス内でも
一番順調に見えた彼女でしたが、
彼女の雇用主に外国人雇用許可はおりませんでした。
おそらく、血縁者ということで不法移民を懸念した
移民局が雇用許可を出さなかったのだと思われます。
その後新しい雇用主を見つけようといろいろ頑張ったようですが
なかなか見つからず、ケアギバーでの移民はあきらめて
韓国に帰っていきました。

 

日本人卒業生のその後

彼女はどうしてもカナダに永住したくて、

TLCエドモントンでケアギバーになろうと頑張っていました。

あまり子供は好きではないので、できれば
高齢者の介護のケアギバーをしたいと就職活動をしていました。
すると、運よく学校からの紹介で、一人暮らしで
ケアギバーの介護が必要な恒例のカナダ人男性が
彼女をケアギバーとして雇ってくれることになりました。

その男性は、TLCエドモントンの卒業生たちが代々
ケアギバーとして働いていて、すでに2人が
その男性のもとで2年間住み込みで働いており、
その二人がたまたま日本人女性だったことで、
日本人ケアギバーに絶対的な信頼をよせていて、
ちょうど2年働いていた日本人のケアギバーが
2年を終えて出て行ったので、新しいケアギバーを
探しているとTLCエドモントンに連絡があり、
校長先生が、ちょうど卒業目前の日本人である

その女性を彼に紹介したのでした。
その雇用主は、地元の資産家で奥さんはおらず、
介護は必要ないものの、食事の支度や
一緒に買い物に行ったりなど、残りの余生を一緒に過ごしてくれる
いわゆるお手伝いさんのような人を探しており、
仕事としてはケアギバーよりもかなり楽なのに
お給料がもらえ、永住権まで取れるとあって、
さらに雇用主自体も校長先生の知り合いで信頼できる人
だったので、彼女は彼に雇ってもらえてとても喜んでいました。
そして何より、すでに2人の日本人が途中でやめたりせず
2年間の任期をしっかり満了していて、就労ビザの取り方、

スポンサーとして永住権申請するというプロセスも
2回経験済みという事実が、最高の雇用主であるということを
証明していて、校長先生も彼女の就職がきまり、
とても喜んでいました。

喜ぶのもつかの間、制度改正で外国人雇用許可証の基準がかなり厳しくなる

永住権のスポンサー経験のある校長先生の
知り合いが雇用主となってくれたおかげで、
就労ビザや永住権は確実と思われた彼女でしたが、
いざ外国人雇用許可証取得の手続きを始めると
大きな壁にぶち当たります。
ケアギバープログラム改正により、ケアギバーの仕事の定義が
旧プログラムより少し変わったためです。
ケアギバープログラム改正に伴い、それまで特に
問題されていなかった
「介護対象者の病状か、本当に介護が必要なのどうか」
という点が、かなり厳しく評価されるようになったからです。
この雇用主はいたって健康で介護はほとんど必要なく
「介護してくれる人」ではなく「食事を作ったり一緒に食べたりと
余生を一緒に楽しんでくれる人」を探していました。

このことがカナダの移民局に問題視されたらしく、
移民局から直々に
「ケアギバープログラムで外国人を雇うことが
できるのは、本当に介護を必要とする人だけですよ。」
的な「注意勧告」みたいなのを受けたらしいです。
詳しくはわからないのですが、移民局からそのように注意を受け、
この雇用主は彼女を雇うことをあきらめたようです。
彼女は学校を卒業するも、ケアギバープログラム改正に伴い、
新プログラムで永住権を取得できる確率が100パーセントでないこと、
雇用主を見つけるのがとても困難であることを受けて、

ケアギバーになることを自らの意志でやめました。
現在はほかの国であたらしい目標を見つけて
幸せに過ごしています。

TLCエドモントン卒業者のその後まとめ

私が今回紹介している卒業生たちのその後は
ほんの一部です。私のように卒業後ケアギバーとして

働き続けている人もいます。でも、基本的に

ケアギバーとして働いている外国人で

仕事に満足している人は非常に少ないです。
特に住み込みの人はどうしても主従関係が

できてしまうのと、一緒に住むということでかなりの
ストレスがお互いあるので、あまりいい話は聞きません。

私は本当に運よくとてもいい雇用主をタイミングよく見つけることができて、
運がよかったにすぎません。
ケアギバーの世界の現実は甘くないです。

スポンサーリンク

↓ 【期間限定】特別無料動画レッスンの受講はこちらをクリック!

↑無料動画レッスンより私に個別でメッセージいただいた方のみ、カナダ移住相談に完全無料でお答えしています。