ADHDに向いている仕事や
ADHDの人に対する対応を
大人になってからADHDと
診断された発達障害の私が
自身の体験談をもとに解説
します。

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ADHD(注意力欠損多動性障害)とは

ADHDの正式名称は注意
欠損多動性障害です。

脳の一部が普通の人とは
違いうまく機能しない
発達障害の一つで、
注意力が散漫だったり、
じっとしていられなかったり
という症状があります。

ADHDと一言にいっても、
その症状の度合いは人により
様々で、日常生活には
そこまで以上をきたさないので
脳の発達障害であると診断
されにくく、ただの落ち着きが
ない人、記憶力が乏しい人
注意力が低いおっちょこちょい
の人、自己コントロールが
できないだらしがない人、
と思われることが多いです。

大人になってから診断された発達障害


私は、小さいころから注意力
が人より低かったのは
自覚がありました。

小学生の時は何度も同じ
ような忘れ物をして、時には
宿題を忘れたりして、そんな
ことを何度も繰り返す自分は
本当に情けないと思っていました。

途中で気づいて走って取りに
行ったり、ほかのクラスの友達
に借りに行ったり、母親に連絡
してわざわざ届けてもらったり。

授業中にじっとしていられない
ということはなかったのですが、
映画館でじっと映画を見たり
長編アニメ映画のTVをじっと
見続けるのはかなり苦痛でした。

どんなに面白い映画でも
途中で飽きてしまい、
どうしても席を立ちたくなります。
90分も夢中で映画を見る
友達や両親を不思議に
思っていました。

高校、大学まではそれでも特に問題ない


忘れ物が多い、ケアレスミスが
人よりも多い、記憶力が
人よりも低いということは
小学校から自覚していたので
失敗しないように、忘れない
ように、中学校、高校、大学
と自分なりに工夫して
注意力の低さや記憶力の
低さをカバーしようと努力
しました。

例えば部活動で
「明日は7時半に校門集合ね。」
と言われると、普通の人は
7時半に校門とすぐに記憶
できるのですが、私は必ず
忘れてしまいます。

なので必ず言われたらすぐに
メモしておくのが癖になって
いました。

メモしておかないと後で
「7時だっけ?7時半だっけ?
8時半だっけ?」
とわからなくなり、友達に
電話で確認しなくては
いけない、もしくは間違えた
時間に行ってしまうことが
よくありました。

また、学校行事のマラソン
大会などであまり行ったこと
のない場所に集合となった
ときは必ず友達と
待ち合わせて一緒に
行きます。一緒に行く友達
がいなかったら、道を
念入りに調べて地図を印刷
して、かなり時間に余裕を
以て行くようにしないと、
どこかで道に迷って決まって
遅刻してしまうのです。

迷う要素がほとんどないような
簡単な道でも、私は平気で
道を間違えてすぐに自分が
どこにいるのかわからなくなって
しまうというのを、学生時代の
たくさんの失敗から学んだ
ため、
「私は人よりおっちょこちょい
だから、何をするにも
注意しないといけない。」
と自覚していました。

とはいえ、自分のミスで多少
遅刻したり、アルバイトに少し
遅れたりしても、学生時代
は大きなお咎めなく許されて
来たので、特に大きなストレス
はなく、普通の生活ができて
いました。

このときはまさか、自分が
発達障害だなんて思って
いませんでした。

社会人になると世界が変わった


ところが、社会人になって
状況は一変します。

私は新卒で日本の大企業の
営業として内定をもらいました。

日本を代表する大手の
メーカーで働きたい!!

と大学時代から思っていて、
まさかの第一志望の会社から
内定をもらえたので、もう
天にも昇る思いで、家族も
私の就職をとても喜んで
くれました。

夢の会社で働けるんだから
一生懸命働いて、将来は
国際事業部で日本の製品
を世界に売り込みたい
と思っていました。
が、入社して最初の半年は
会社の歴史や社会常識を
学ぶための研修。研修も
かねて最初の仕事はオフィス
での内勤で、会議資料を
作ったり、電話を受けたり、
会議の設営をしたりと事務
仕事全般を任されました。

これがADHDの私にとっては
超難関作業だったんです。

例えば会議資料を印刷する
時の印刷機は3種類くらい
タイプが違うものがあります。
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その印刷機の細かい使い方
一つ一つを私だけがすぐに
覚えられず、ほかの新入
社員が1分でできる簡単な
印刷を、私は5分も10分も
かかってしまうんです。

というのも、すぐに覚えられない
しすぐに忘れてしまうので、
いちいち使い方の手順を
メモして、次に使うときも
そのメモを確認しながら
印刷するのでどうしても
時間がかかってしまうんです。

また、そうやってメモに頼って
プリントしていると、
先輩や上司から急に
「あ、最後の1部だけは
ホチキスなしね。」
とか
「ごめんこれ3ページ目だけ
差し替えて印刷しといて。」
と急な注文が入り、頭の
中がパニックになってしまう
んです。

社会人になってから気づいた
のですが、私は臨機応変に
対応するのがものすごく苦手
で、急にイレギュラーなことを
いわれると焦ってそれまで
できていたことができなく
なってしまうんです。

これも、のちにADHDの
典型的な症例の一つだと
わかりました。

ただでさえ注意力が散漫
なので、何かをやっている
ところに別の何かを
追加されると今度はそっちに
散漫な注意力が移って
しまい、本来やるべきの
第一のタスクから注意が
それ、結果一つ目も2つ目
も両方のタスクがおろそかに
なってしまうんです。
また、会議などでアンケート
用紙を回収したとき、回収
した部数を数えるのにも
数えている最中で
「あと、○○の件後でやっといて。」
と言われるとそっちに今度は
注意が行ってしまう私は
数を正確に数えられず、
私が数えると必ず部数が
合わないんです。

1度数えただけでは私の
場合絶対に間違うということ
がわかっていたので、2回、
3回と確認したうえで上司
に報告するので、これまた
必要以上に時間がかかる
んです。

客観的に見たら社会人
失格ですよね。
もう本当に自分が嫌に
なりました。

人と同じようにできないんなら
人一倍工夫して努力して
時間をかければいい。

と必死で努力するも、
何をやってもほかの新入
社員がやるみたいにスマート
にできない。

超人気優良企業の
内定者ということもあり、
ほかの新入社員は
高学歴プラス自頭がいい
人しかおらず、私は完全に
浮いた存在でした。

そういう当然の仕事がほかの
新入社員よりできていない
ことを自覚していたので、
お給料は出ないけど
誰よりも早く出勤して人より
時間がかかる分をカバーしよう
と思いました。

新入社員でやることもない
のに早く出勤してくる私は
明らかに浮いていましたが、
「通勤ラッシュが苦手なので
早朝出勤してラッシュを
避けているんです。」
とうそをついてなんとか
ほかの新入社員と同じ
くらいの仕事ができるように
必死で頑張りました。

一人だけ明らかに浮いた存在→いじめられる


私が早く出勤して、人より
も早く仕事を始める努力
をしていたこと、上司からの
仕事の依頼がどんなもの
であっても素直にやっていた
ことから、上司や先輩からは
幸い、とてもよくしてもらい
ました。

が、同時期に配属された
新入社員たちの中には、
私のことを
「ただの馬鹿で、怠けている、
仕事ができない厄介者。」

と思う人がいました。

その人は頭が良くて要領も
よく、新入社員の中で誰
よりも仕事が早く臨機応変
な対応ができたので、
私に対して余計そういう
敵意みたいないらだちを
感じたんだと思います。

「なんで同じ間違いばっかり
するの?」
「Ayaはどうせできないからね。」

と、直接的に言われて
仲間はずれにもされました。
とても悔しかったし悲しかった
けど、言われているとおり
なのでそんな自分が本当に
情けなくて、

「なんでみんなと同じように
私はできないんだろう。」

と自分の中で自分に対する
嫌悪感が常にありました。

どうして自分ができないのかネットで調べていたらADHDを見つけた


そんなつらい毎日の中、
私はどうしたら自分はみんな
と同じことができるように
なるのか日々試行錯誤
していました。

ネットで

「仕事で臨機応変に対応
する方法。」

とか

「効率的に仕事をこなす方法」
とかをひたすら検索して、
自己研鑽の本を買って
どうにかしてダメな自分を
変えたいと思っていました。

そんな風にネットでいつも
のように自分の悩みの解決
法を検索していると、
ADHDという発達障害の
症状が検索結果に
出てきました。

ADHDの症状を読めば読む
程、自分のことだと感じ、
自分は絶対にADHDだと
確信しました。

早速、ADHDの診断を
してくれる心療内科に
いって、診断してもらうと、
やはり私はADHDでした。

これを知ったとき、私は
「よかった。」
と心から安心しました。

これまで私は、自分が本当に
だらしがなくて、馬鹿で、
人と同じことができない
ダメ人間だと思ってきました。

でも、人と同じことができない
のは、自分の脳のせいだった
というのが分かったんです。
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これまでどんなに努力しても
人と同じことができなかった
ことにやっと納得できたし、
努力しても努力しても
できない自分を責めなくて
いいんだと思うことができました。

母親は理解してくれなかった

このうれしい報告を母親に
したものの、母は信じて
くれませんでした。

自分の娘が発達障害なんて
認めたくなかったんだと思います。

学生時代に人よりも失敗が
多かったこと、会社での仕事の
できなさに苦しんでいたことを
母はずっと見てきました。

でも、ADHDなんて知らない
病名をいきなり言われて、
これまでふつうに育ってきた
娘がそんな障害を持っている
なんて認められなかった
ようです。

「あなたはちょっとおっちょこ
ちょいなだけだよ。自分が
病気だと思い込んでいるだけ。
変なこと言わないでよ。」

と言われて、ものすごく
ショックでした。母親なら
これまで私が苦しんできた
ことや、ADHDとわかったこと
で私がかなり救われたことを
わかってくれると思ったのに。。。

このことがあってから母とは
自分から距離を置くように
なりました。

「あの人にはどうせ言っても
わかってもらえない。」
と最初からあきらめがあった
からです。

私が今こうやってカナダに
一人で来たのは、そんな
日本の母親から距離を
置きたかったというのも
ありました。

半年の研修を終えて営業配属へ


研修はつらかったですが、
半年たつと営業の仕事に
配置転換されました。

奇跡的に、私をいじめて
いた同期は別の部署に
配属となり、私は救われ
ました。

仕事ができない自分の
せいですが、私は怠けて
いたわけじゃないし、仕事の
できない分を何かでカバー
しようと必死で努力して
来ました。

先輩たちはそんな私を
こっそり応援してくれてた
みたいで、配置転換が
決まったとき
「あの子と別々になれて
よかったね。」

と言われました。

営業配属は内勤と違い
自分のやり方で働く
ことができたので、精神
的にかなり楽になりました。

もちろんケアレスミスは
最初のうちは連発
しましたが、ADHDの診断
を受けて、自分でどういう風
に工夫すればいいかを
心療内科の先生が
細かくアドバイスしてくれた
からです。

また、私についてくれた
先輩がものすごく仕事が
できる人で、できない私の
ペースに合わせながら、
根気よく指導してくれて、
できないながらもなんとか
頑張ることができました。

できない私を
「怠けている」
のではなく
「頑張っているけどできないだけ。」
と理解してくださり、支えて
くださった先輩や上司に今でも
感謝しています。

相変わらず仕事は遅いし
ほかの新入社員よりも
仕事の質は低かったですが
そんな仕事ができない自分
ができることは何だろう。

と試行錯誤しながら自分が
できることを一生懸命
やったら、だんだんと営業成績
がついてくるようになり、
仕事が楽しくなってきました。

ADHDに向いている仕事?


長くなりましたが、私のADHD
の症状はこんな感じです。

事務仕事など、苦手な
作業はたくさんありますが、
なんの仕事もできないわけ
ではありません。

日本の会社の営業職は
最初は失敗ばかりでしたが
自分の工夫次第や頑張り
次第で営業成績を変える
ことができるというのはとても
大きなやりがいがあり、
事務仕事の時ほど
致命的なミスはありません
でした。

営業の仕事は、それなりに
向いていたと思います。

現在やっているナニーの
仕事も、自分のやり方で
工夫しながら仕事ができる
という面ではかなり向いている
と感じています。

もう一つ、最近気づいたのが
ライターの仕事。

現在、自分のブログの他、
ウェブサイトのライターとしての
仕事をオンラインでやって
いるのですが、書くのが
楽しくてしょうがないです。

ADHDの症状の一つに
過集中というのがあり、
一度一つのことに熱中、
集中すると、ほかのものが
一切見えなくなるくらい
集中してそのことに没頭
し続ける傾向があります。

私はまさにこれで、今は
ブログの記事を書いたり
他サイトの記事を書いたり
するのに熱中、過集中
しています。

ナニーの仕事がある日でも
行きと帰りのバスの中の
豪劇2時間で最低2記事
(合計5000字以上)は
なんの苦も無く書けます。

山道なのでバス酔いする
のですが、気持ち悪くなり
ながらも、書きたいことが
たくさんあって、どんどん
記事が仕上がります。

イスラエル旅行のための
移動時間である空港や
飛行機での暇な時間は
今まさにそうですが、ずっと
パソコンで記事を
書き続けるのが全く苦では
ありません。

一つ一つの記事の質は
残念ながらそんなに高く
ないですが、天下の
グーグル様は、単純に
文字数や記事数が多い
コンテンツを高評価してくれる
ので、検索エンジンから
このブログや他サイトへの
流入はこの半年で激増
し続けています。

新規独自ドメインでまだ
ブログ開設から10か月しか
立っていませんが、現在
月間約2万アクセスあります。

ブログメディアとしてはまだまだ
ですが、今後も最低1日
2-5記事毎日更新を続け
て、最低月間30万アクセス
くらい集めるつもりです。
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